期待される手紙の本と私が見た幻との関係

2020年2月5日
期待される手紙の本と私が見た幻との関係
多くの人は、私の著書『待望のメッセージ』は終末の兆しのビジョンの解釈であり、この本を書く際に私がビジョンを利用したと考えていました。
私は彼らに、幻視に基づいて法的判断を下すほど世間知らずではないと伝えます。私の本を読んだ人は誰でも、400ページに及ぶ本の中に、幻視に基づいた法的判断など見つけることはできないでしょう。私が本に収めた証拠はすべてコーランとスンナからのものであり、私が見た幻視に基づいた証拠は一つもありません。
私が本を書いた本当の始まりは、2019年5月2日の夜明けの礼拝前、いつものようにモスクでコーランを読んでいた時でした。そこで私は、煙の責め苦の節について語るドゥハーン章の節で立ち止まりました。全能の神はこう言いました。「むしろ彼らは疑って遊んでいる。 (9) だから、天が目に見える煙を出す日を待ちなさい。 (10) 人々を包む。これは痛ましい責め苦である。 (11) 主よ、私たちからこの責め苦を取り去ってください。本当に私たちは信者です。 (12) 彼らには明白な使徒が来たというのに、どうして思い出させることができようか。 (13) そこで彼らは彼を背を向けて言った。「狂った教師だ。 (14) 確かに私たちは、しばらくの間、懲罰を解除します。確かにあなたは戻って来ます。 (15) 「私たちが最大の打撃で打つその日に、本当に私たちは復讐するでしょう。」 (16)[アド・ドゥハーン] アド・ドゥハーンの出来事と将来起こるであろう出来事を語る節の真ん中に、「明白な使者」と表現される使者の言及があったので、私はまるで生まれて初めてこれらの節を読むかのように、突然読むのをやめました。その日以来、私は探し始めましたが、これは私がこれまで見てきた幻ではありませんでした。
私は多くの幻を見てきました。後にその解釈は、信仰の変革によって苦悩の時期を経験することになるというものでした。しかし、その苦悩の本質を知ったのは、『待望のメッセージ』という本を書き始めて出版し始めた時でした。その時に、私はそれらの幻の解釈に気づきました。そして、それらの幻は私の本の内容とは全く関係がありませんでした。
私が今に至っている苦しみの主な原因は二つのビジョンであったことを認めます。その二つのビジョンのせいで、私は自分の意志や望みとは関係なく二つの決断を下しましたが、その二つのビジョンは両方とも神の導きを求めた後のものでした。
最初のビジョンは、2019年9月17日に見た本と「だから、待ちなさい。彼らは待っている」という聖句でした。このビジョンは、私が『待望の手紙』という本を書き終えて出版するかどうかについて神の導きを求めた後のことでした。これから起こるであろう問題、そして生涯にわたって続くであろう問題を重々承知していたので、私は本の執筆と出版を続けるつもりはありませんでした。しかし、ビジョンの解釈は私の望みとは正反対だったため、私は自分の意志とは無関係に本の執筆と出版を続けることを決意しました。そして、このビジョンは、私が本に記したいかなる法的判決とも一切関係がありません。
ヨハネの黙示録と聖句:「だから、待ちなさい。彼らは待っている。」2019年9月17日 👇

二つ目のビジョンは、2020年1月13日にシェイク・アフマド・エル=タイエブが示したビジョンと、待望のメッセージ集です。これは私の本の出版と配布が終わった後のことでした。私は、自分が負け戦に突入したことを知っており、最終的には私の戦いではなく、全能の神が明確な証拠をもって支援してくださる来るべき使徒の戦いになることを知っていたので、本を擁護したり議論したりすることなく出版するつもりでした。一方で、私の本の内容を証明できる奇跡も持っていません。そのため、最初のビジョンのみに基づいて本を出版し、アル=アズハル・アル=シャリフの学者たちと法的論争をすることなく満足したかったのです。しかし、イスティハーラ(導きを求める祈り)を行った後、やはり望まないにも関わらず、その戦いに突入するというビジョンを見ました。そのため、私はアル=アズハル・アル=シャリフに本を査読のために提出しました。このビジョンも私の本の内容とは一切関係ありません。
シェイク・アハメド・エル・タイエブ師のビジョンと待望のメッセージ集(2020年1月13日)

二つの運命的な決断を下す際に頼りにしたこの二つの幻は、私が望んでもいなかった負け戦に私を巻き込み、背教者と非難され、私の意に反して人々から侮辱される原因となりました。この二つの幻は、私の本の内容とは全く関係がありません。
この二つの幻に基づいて私が下した決断が正しかったかどうかは分かりません。しかし、私が見た幻は、拙著『待望のメッセージ』で概説した宗教的裁定とは一切関係がないことは確かです。 
jaJA